2011,3/6,7、8,孫の入試のお礼参りを兼ねて京都行き、奈良のお水取りにも足をのばし長男の車で家族旅行、嬉しい3日間だった。ホテルに荷物を置いて私だけ携帯を持たないのではぐれない様に家族は気を使ってくれた。目的のお礼参りの鈴虫寺は御縁を結んだ人々でこみあっていた、映画村、清水寺、は得に10年くらい前山仲間と来た時が懐かしかった。坂本竜馬、所縁の沢山のおはかもお参りした。、、松風や音羽の滝の清水を むすぶ心はすずしかるらん、、八坂神社、興福寺、法隆寺、いろいろの表情の仏様沢山あえた。夜の2月堂のお水取り大勢の人の見守る中大きなたいまつに照らされて上人様が1人ずつ高い祭事ょうにあがって行く神々しい行事っだった、3月12日は若水を神様にお供えしてお水取りは終るのだそうです。


12月30日、早朝よりいつものように我が家のお餅つき、それを土産に実家え母親のところえ向かった、実に50年ぶりの里での年取と正月、母さんはとても喜んでくれた。家を守ってくれている妹夫婦も賑やかっな正月を喜んでくれて氏神様と菩提寺に初もうで、懐かしかった。
12月4、5日わたすげの忘年会、山行から戻り5時頃穂高の、摘み草で集まり6時から始まった。山の歌を皆で沢山歌い楽しい夜だった。Tさんと2人部屋でやすんだ。5日は富士尾山え有志の仲間で登るなかまいり、靴を借り帽子、ステッキを借りてTさん、Yさん、Sさん、Qさんと私の5人で歩いた、後からMさんも御主人と登って来て美味しいりんごを差し入れてくれた、やっぱり素敵な仲間、私にとって財産と、思った。
11月5日、ー6日恒例のシルバーまつり、何時ものようにつたないパッチワークを私も展示した。刄物を研いでくれるコーナーで4種類お願いした。1000円だった、気持ちよく切れる。
11月4日、先日実家の母が道で転んで左の股関節を骨折して人工骨をつける手術を受けたと云うので電車で見舞いに行った、経過が佳く想ったより元気で嬉しかった。家に戻ったら行くからね、、と夕方には帰って来た。93歳になると治りも時間が掛かると想う。早く家に、といった声が耳に残る。
11月3日わたすげのYさん、Mさん、Sさん、の仲間に私も入れてもらい山梨の日向山1660Mに登った、小淵沢を高速降り20号線を山梨方面にすすんで正面に甲斐駒が見える所を右にしばらく行くと登山口、歩き佳い登山道、頂上は真っ白い砂が一面でまるで別世界、帰りは滝のある変化に富んだ歩き甲斐の有る下りの厳しい登山道だった。8時出発−15時30分家に着
9月29日ーりんごの葉摘みーりんごとりまで11月27日まで雨降りには休みだったがNさんの班でがんばった。今年のシルバーのお仕事も終った、お世話に成りました。
9月25日ー松本のシルバーの本部で以前からお誘いが有りふれあいの会で農産物を販売する仲間に入れて頂いた。私は自分の畑で収穫したかぼちゃ、ささげ豆3種類、小豆を売ることにした嬉しいことだった、2時間程で売り切れた、始めてのことで感動した、売り上げの0、2パーセントを本部に支払い1万円くらい思い掛けない収入だった。来期も頑張ろう、、、
8/22ー24登高会わたすげが発足して10年、記念のリレー登山のお誘いが会を立ち上げに御苦労されたHさんからあった。すこし時間を頂いてから是非参加したい、、と返事を送った。愛犬を連れて毎日歩いた。8/22その日はきた、予定にそって一の沢の登山口を7時に出発、常念乗超に着いた時、わたすげの餓鬼ー燕ーを縦走してきたメンバーが手をふって迎えてくれた時の感激は忘れられない。一の沢に下るグループ、に分かれを告げ22日に常念小屋に泊まる11人で庭のテラスでビールで乾杯夕食の後東京の芸大の学生のフルートのコンサートで賑やかだった。その後も有意義な話し合いで2日目ー5;30に朝食蝶が岳を経由して三つ股に下るグループと前常念を下るグループを送りその後私達Hさん、Sさん私の3人、蝶が岳に行くべく常念の頂上をめざした、下るルートはとても厳しくHさんの苦労は大変だったと今もずーと忘れられない。病の身で娘さんに付き添ってもらい蝶が岳に登り私達を迎えてくれたFさんとても元気で常念岳で受け取ったタスキを渡した。3日目朝食を済ませ、大滝山に6時に出発、三つ股への分岐近くにザックを置き向かった。早朝の稜線歩きは清清しくこれからは味わえないかも、、心してお花畑の中を歩いた。その反動も有り三つ股までの長く辛い下山道、Sさんと私は2度と歩きたくない道だね、、Fさんの愛娘の車で穂高まで送って頂いた。感謝、感謝、の3日だった。
8/28、餓鬼岳ー燕ー常念ー蝶ー大滝山の常念山脈リレー登山の祝賀会、最後にたすきを受け取ったFさん始め参加メンバーに囲まれ私も参加したルートの感想を発表した、詳しくは今年最後の機関誌にKさんがまとめて下さる。
9/10夫の愛した栂池の巌ショウブを見にMさんと行って来た、帰りに姫川の奉納温泉によって疲れを癒した、秘湯と名高いだけあって塩味の体にやさしいお湯だった。
9/16PM6時ーHさん、Yさん、Sさんとわたしで穂高の国道沿いの養老の滝で楽しい時間を過ごした、先日のリレー登山のお礼をいって21時まで飲んで食べた。迎えに来てくれた息子の奥さんが楽しい仲までいいね、、と云ってくれた。
9/18何年か前から、時々参加している、古道を歩く会に参加した。顔馴染みの人たちと再開できた、わたすげの何人かも一緒に、中仙道、塩尻駅ー岡谷の春宮まで15キロ、男性30人女性25人参加、今年にたてた真新しい4本の恩柱が印象に残る。


2010、、7/24ー25、11年ぶりの常念岳、だいぶ前、山仲間のAさんに甥が梅雨明けの時期に常念岳につれて行ってくれないか、、と云っていると、頼まれ予定をたてた。わたすげの記念登山の予定を参考にさせて頂いた、24日5時30分、1の沢登山口出発、中村君は始めてのことなのでゆっり30分ごと休んで登った。11時には常念小屋に無事着いた、Aさんも快調でとても喜んでくれた。持参のお弁当を楽しんでからザックを小屋に預けて頂上をめざした、往復3時間で小屋に戻れた。3人は予定の1日に満足、、美味しい山小屋の生ビールで乾杯、、1畳に2人寝てください、、という受付の案内が中村君にはすぐには理解できなかったと、のちに話し大笑いした。常念乗越にたどり着いた時、ぱっと槍、穂高の残雪の山並、を見た時の感動を中村君は特に何回も目を輝かせて語った、夜中の星空、雲海の上の日の出、レモンの蜂蜜漬け、きゅうりのまるかじりなどなど下山しながらの達成と満足で3人ははれやかに和気あいあいと一の沢に戻れて、本当に内容の濃い2日間だった、、と中村君に云って頂き良かった。入山手続きをした係りの人に無事下山の報告をして迎えの車で一の沢を後にした。下り4、5時間
2010、3/2ー3/5、四国、山陽の旅に参加した。主な行程は名古屋ー岡山、倉敷美観地区−鷲場山展望台ー琴平温泉泊、2日目今治タオル美術館−大山神社ー伯方の塩大三島工場ー宮浦港ー木江港ー木江温泉泊、3日目、明石港ー小長港ーてつの鯨館ー原爆ドーム、平和公園ー宮島、宮離宮泊まり、夕食後厳島神社クルーズ、4日目岩国錦帯橋を見学ー広島駅ー名古屋、、新幹線、バス、船など沢山の交通機関での国内の旅、夫の写真を共に金婚記念の4日間だった。何組かのフルムーンのカップルの仲間もみな良い人たちで今回も息子の奥さんの母上との一緒だった、何より天候に恵まれ夫に守られていたかも知れない。
2009、11月9日ー12日、菩提寺の金松寺のお誘いで韓国のお寺を訪ねる旅に参加した。息子の奥さんのお母さんとの楽しい旅行だった。お父さんの御供養に成りますよ、、との後押しもあって充実の4日間だった。中部国際空港7;30ー仁川空港着11;35水原、龍仁、丹陽、安東、伽な山、慶州、東大洟、ソウル、最後は有名なソウルプラザホテルその夜は希望者が垢刷りを体験した。天気に恵まれとてもリッチな旅だった。
2009、4/19、飯田インターを降り国道151を10キロ南下入登山神社が亀沢山の登山口、ここは下条村、峰竜太の故郷だとあちこちに看板がたててあった里山らしく標識もなくささが茂って木の芽が爽やかな黄緑をのぞかせていた。とても嬉しいこと、道を聞いた時村の人がタケノコを掘っていて10人ものメンバーに1本づつ掘りたての竹の子をくださった。南アルプス、中央アルプスの南部、御岳山ものぞいて2等3角点のある里山だった。合庁を朝6;30出て16;00に戻った。雑木林の中の三つ葉ツツジ、こぶしの花に励まされ歩いた、無事歩けた68歳の我が身をそっと誉めた。
5月の土曜日曜の5日、兼ねてから誘われて、善光寺街道を歩くチャンスが有った洗馬ー善光寺、17の昔の宿場を訪ねながら80キロ余り、無事歩き終え満足した直後のことだった。6/2お父さんが、最近痰が出るので医者にいって薬をもらってくる、、それがはじまりだった。6月10日、波田病院、6月15日一ノ瀬脳外科、6月16日信州大学病院と検査が続いた、結果はしょう細胞癌、早ければ数週間、よくもって3ヶ月本人と長男は直接博士のお医者さんから余命宣告されたそうだ、病院から長男はそのことを電話して来てしっかりして待つように、、とのこと帰り道、今日は記念の日だからと蟻が崎の本間のうなぎを買って来てくれて、、以外と穏やかなしっかりした足取りで息子の車から降りて来た。どんなにショックだったかと思うととてもたえられない。そんな本人の振る舞いに凄くすくわれた。温泉が癌の進行を遅らせることが有る、、と医者に云われた長男は穂高温泉、早朝、1時間、私達夫婦のために解放してくれる所を頼んでくれた。自宅療養ときめた主人、毎日波田病院に点滴に通う前に温泉に通った。次第に車が揺れる度にもう少しゆっくり上手に運転してくれ、、と私にゆう。明らかに日増しに体力もっ元気もなくなりつつ有るのが見て取れた。好物だった物がほとんど食べられなくなり、氷り餅、そばくらいしか咽をとおらなくなった。8月に入るとお水もろくに飲んでくれない、余命宣告から52日、8月9日、夕方に訪問看護師に痰の吸引をしていただきそれから間もなく家族みんなが揃った時静かに、天国に召された。今も、そばにまだ居てくれるのを感じることがあるほど信じられない、手をはなさなくなった終わり頃3/29の約束の金婚旅行できないかなあ、と涙を始めてみせて二人で泣いた。


4/10上田の太郎山、大島さんたちと三隅草を見にいった。ヒマラヤなどトレッキング

にいった仲間と再開を兼ねての太郎山行きとのこと、、中高年のとても素敵なメンバー

の楽しい一日でこじんまりした可愛い三隅草、アヅマイチゲ、に会えて北アルプスを全体を

見渡せて快晴で爽やかな天気に感謝、20人の素敵な仲間にお礼をいって今日の先達の

伊部高夫さんの中、南、北、東信の日帰りの山の本を予約して帰って来た。


2009、1月1日快晴、きっと佳い年になると思うような晴天、我が家の裏の高みから

初日の出を拝むことができた、大きな太陽が車山の中央から今まで見たことのない黄金

色で光の中に表れて夢の世界の出来事のようだった。家族6人でお雑煮を頂きながら今年

始めての話題となる。


08、12/20、21、忘年山行、霧訪山1305m、13人のメンバー堀金の道の駅

7;50、3台の車に分乗、塩尻山の神自然園、ブナの分かれ、頂上、大芝山、ほらの峰

を経由して忘年会の油谷旅館に15時着、、21日は8;30ー諏訪湖1週約17キロをあ

るいた。3時間30分の予定より少しオーバーしたけれど全員無事にあるけた、美味しい

評判のうなぎをみんなで頂きお08年のわたすげ山行の締めくくりに大満足。


12/7、雁田山、786m、山行報告書を私が作成の役。わたすげ山行NO174、6;40に安雲野庁出発、須坂長野東icを予定の7;30におり右え中野小布施方面え町営美術館、

,滑り山登山口、展望台、千僧防、雁田山頂、下りは千僧坊から急の登山道を岩松院え

立派な寺をゆっくり見学有名な鮮やかな鳳凰の天井絵、一茶の歌碑など見た。この後

のあけびの湯は印象に残る良いお湯だった。予定の16時に合庁に戻った。


08、7/6、僧ケ岳1855m、17人参加、ひさしぶりのわたすげ山行糸魚川、、

黒部、僧ケ岳、宇奈月、、とちの湯温泉に入り穂高に18時50分に戻った。欅平発着

のトロッコ列車もダムの向こうに見えた、シラネアオイ、ゴゼンタチバナ、ノギランなど

山野草に出会い満足の山だった。


08、5/11蓮華温泉にわたすげで山菜とり、テンプラ会楽しかった、いっぱい食べ

た。16人参加、会費2千円、コゴミ、腰油、たらの芽、ウドなど雪解けと共に

芽が出る自然が凄いと思う。


07、9/4昼寝の後いつもと違う体調に不安になり早く床にはいった。この頃すこし

無理をしたなーと自分を労う年になったんだ、、と後悔した。

9/5、昨やよる何回か吐き気がして朝を迎えた、頭をあげるとめまいと吐き気で家

族に伝え息子の奥さんが救急車を呼んでくれた。おかげで波田病院に着いた、すぐCT

検査で小脳の内出血と診断され点滴、リハビリと16日の入院思ったより軽い症状で

お医者様も良かったですね、、といってくれた。定期的に検診を、といわれた。10

月17日定期検診、、11月14日定期検診MRI得に異常がないため2ヶ月分くす

りをだしてくれた。


07、7/12、3人姉妹の私の末の妹の夫が半年くらい前に肺がんと診断され驚き

と共に闘病生活を余儀無く始めた。妹の看護士をしている共立病院にお世話になり何

回も逢いにいった、誤診では、、と思う程元気ですごしていたのについに亡くなった

知らせが有った、8/28す妹が力を落としておると思い飛んだ。30日に告別式を

済ませ8歳も年の違う妹を案じつつ家路についた。


07,5/8,登高会の仲間と静岡の毛無山1946m、朝霧高原を通りすぎしばらく左に大きい冨士山を見ながら進んだ。大きい木の看板、毛無山登山口を右に入り、不動の滝ー段差のきつい尾根筋を一生懸命登った11;25頂上昼食叡山スミレ,達壺スミレなどスミレが何種類も可憐に咲いていた。快晴なら南アルプス、八ヶ岳が展望出来るそうだが今日はガスが立ち混み大勢の登山者がしきりに残念を連発。地蔵峠13;40−比丘尼滝15;00下りは谷沿いを,登りより距離が長かった。私の足は次第に疲れが出て駐車場までやっと頑張った、以来山を遠慮してシルバーから頂く仕事に精出した。毛無山を登るときどっしりした大きい山を見たときは少し不安になったがやはり思ったより厳しい山、エベレストなど高山に挑戦する人達が訓練に登る山、、と下山してから聞き納得した。
7/27久しぶりに光り城山に1人で登った、桜並木コースを今日は挑戦、大勢の中年カップルに逢った、知人でもないのに気持ちよい挨拶を交わせるのも山はいいヤブラン、ツユクサ、オカトラノヲ、ナデシコ、ウツボグサ、など足もとに清楚に咲き空気がとても美味しいのを感じた。帰りはなだらかな北廻りコースを降りた。日陰で何時も涼しい風がある、  ヨツバヒヨドリも蕾をつけている、額 アジサイの大株に思わず見とれた、
4/1シルバーのお仕事でアイシテーの竹本フーヅ(ワールドグルメジャンクション)に働きに行くことに面接にいって決めた。先輩の二村さんは以前勤めた電熱KKで御世話になった二村さんの兄嫁さんと聞き縁があるね、、と嬉しくなった大変なお仕事と聞いているけれどがんばってみようと思う。
3/15、2年間一緒に ボランテアの役員をした岡村、武田、森、私と孫の藍の5人で会長の岡村さんの故郷、横浜に行くことになった。AM6時30分の高速バスで西新宿ー山手線で渋谷(150円)みなとみらい線元町中華街駅(840円)楽しい中華のコースを頂いたり、中華まんなどおみやげを沢山買って5人はご機嫌だった、特に赤い靴号のバスはおとぎの国のようだった。ちなみに今日の経費は12300円だった。交通費と昼食代、岡村さん皆さん御世話になりました。
07,3/11−12九州の阿蘇山1592m、祖母山1756m木曽駒、常念、白馬など一緒に登ったKさん2人に誘って貰い出掛けた。今回は都内に前泊せずに11日の午前2時にタクシーで羽田に直行すると計画を聞いたときは驚いた。時間と経費の節約に3人は大喜びで雨の中出発、8時05分に予定どうり空の旅、途中予報が当たり快晴の空になり10時に熊本空港に着、バスで阿蘇山に向かい最高峰の高岳に14時40分登頂、火山の山を満喫した、思ったより風が冷たくて17人の仲間は防寒着に身を包んで歩いた。天皇陛下が皇太子のときお泊まりになったと言う由緒ある『ホテル角萬』泊、2日目宿を6時前に出発、三秀台,北谷登山口(1110m)、7時20分千間平ー国観峠ー祖母山頂11時20分無事下山地元の温泉を満喫して熊本空港を6時50分名物を空港内で買い熊本ラーメンを食べて満足の早春の山旅だった、計画してくれたKさんにお礼のメールをした。
07,2/4山梨の高座山ー杓子山、3月11/12に九州の阿蘇山、祖母山に行くための足慣らしを兼ねて富士山を見ながら忍野八海ー鳥居地峠から登山口久ぶりのKさんの提案で5時半に家を出発、6時9分のあづさ7号に3人は嬉しさに握手で座席に着いた。忍野八海は思ったより観光の人で賑わっていた、富士吉田からの内野行きのバスが待ち時間が30分有ったので登山口までタクシーで行くことになった。直登あり岩場ありの変化のある登山道、富士を見返りながら小休みを取りながら予定の13時に頂上着、雲一つない快晴のうえ360度の眺望、ゆっくりお弁当をしてコーヒーも美味しくて満足、、下山は明見峠(あすみ)に決めた、広い林道で予定より早く下山、麓の温泉もいろいろな効能があると道案内していただいたご夫婦の弁、御礼を言って3人はひたすら下吉田駅をめがけて歩いた。大月で乗り換え甲府でスーパーあづさに乗り換えて松本から上高地線で家に9時半に戻った。行きは金井さん帰りは昭子さんのそれぞれご主人に御世話になった。


穏やかな2007のお正月、我が家は皆健康で迎えることが出来た、素晴らしい初日の出に心から感謝しゆっくり手を合わせた。毎年年始に出掛けて来る親子連れも1/4までに終わり心身ともにお正月を無事賑やかに過ごすことができた。

1/5山野草の仲間のMさんが山梨に冨士山をみに行きましょう、誘ってくれて中央高速で一宮、御坂を目指した。9時に高速に乗り川口湖に11時過ぎに着いた。地元の人も雲一つなく風もない最高の日です。と言っていた、ケーブルで展望台にのぼり持参のコーヒーでしばし展望を楽しみ天上山1750に登り早春の山を味わうことが出来た。Mさんのご主人の運転で3人は17時家に戻った。



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